奈良時代以前には「花見」といえば、梅をさすことの方が多かった。
梅より、桜がより一般に愛好されはじめるのは、平安時代からのこと。
そして梅は古里(ふるさと=奈良平城京)の静かな美しさと
文化的郷愁の花となり、和歌や能に取り上げられた。
また、古来より梅の名所として
「梅は岡本、桜は吉野、みかん紀の国、栗丹波」と唄われた。
岡本梅林(兵庫県神戸市東灘区岡本)は、
山本梅崖の『岡本梅林記』に羽柴秀吉の来訪が記されており、
寛政10年(1798年)の「摂津名所図会」に岡本梅林の図が登場する。
平安時代の菅原道真が、梅をこよなく愛したことから、
道真と学問の神の天神のシンボルとして使用されることが多い。
江戸時代の白隠禅師の代表作の一つ「渡唐天神図」には、
「唐衣(からころも) おらで北野の神ぞとは そでに持ちたる 梅にても知れ」
(意訳:これが天衣無縫の唐衣を着た北野天満宮の神であることを、彼が袖に持っている梅によっても知りなさい)とある。
別名、春告草(はるつげぐさ)とも言い、江戸時代の俳人服部嵐雪の作品に
「ウメ、一輪 一輪ほどの温かさ」の有名な句がある。
梅の花が厳しい寒さの中で開花するさまは、人生にたとえられる。
梅には500種以上の品種があると言われている。
近縁のアンズ、スモモと複雑に交雑しているため、観賞用の「花梅(はなうめ)」と
実の採集用の「実梅(みうめ)」に分けられ、花梅を園芸上は
「野梅(やばい)系」 「豊後系」 「緋梅系(紅梅)」の3系統に分類され、
それぞれに一重と八重など花弁に多くの種類がある。
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